コロナ寓考

閑居老コロナ寓考                                       KCG

 皆様如何お過ごしでしょうか。
 閑居老人としては、あらためて自粛というほどのものもなく、変わらぬ毎日です。
 それでも世の中がなんとなくマスク越しで遠いような気もします。
 こういう時、オンラインでも雑談が必要だ、と誰かがテレビで話していました。
 以下、雑談です。

☆ 灯火管制が敷かれたわけではない、警報が鳴って防空壕に逃げ込むわけではない、焼夷弾が降ってくるわけではない、食料が不足しているわけではない、そうなのですが、、、、、
 高校の漢文で「衣食足りて礼節を知る」というのを習いました。衣食は足りている、礼節と言うほどのこともない、ちょっとの我慢のことだ、という感覚ではだめなようです。
 高校の世界史で、古代ローマの「パンと見世物」というのを習いました。「パン」はわかるけれど、次は「見世物」か、それがそんなに重要かと、どうにも不思議だったのは、戦後の困窮の時代に育ったからです。農業が進歩して単位面積当たり収穫カロリー量が増加すれば、みな礼節を知って幸せになれる、という感覚でした。
 衣食足りれば人は礼節を知る、パンが足りれば社会は文化を求める、原語を「見世物」でなく「文化」とは訳し兼ねるのでしょうが、ローマ市民は衣食足りた文化的生活を要求した、と考えれば合点が行きます。どうやら古代ローマは私が育った時代よりずっと豊かな社会だったようです。
 コロナウィルスは命と健康だけでなく社会経済を攻撃する。そして豊かな経済を誇る現代社会のアキレス腱は「パン」ではなく「見世物」の部分だ。「パン」はあるのに欠乏が起きる。あちこち困窮していろいろなことが立ち行かなくなる。
 世の中は複雑です。簡単に使っていた機械のカバーが壊れて剝き出しの中味見たら、何が何やらわからないけれど複雑なので驚いた、コロナのお陰でそういう気分です。
 複雑なものは壊れると修復が難しい。原発がそうでした。先月パソコンを物理的に損傷しました。データとも修復できましたがお金がかかりました。

☆「風の谷のナウシカ*」は「腐海」という森に入る時、マスクをつけます。土壌が汚染され、植物が「瘴気」という有毒ガスを放つからです。*(「風の谷のナウシカⅠ-Ⅶ」宮崎駿 1995 徳間書店)
 私もスーパーで買い物をする時はマスクをします。マスクをしていないと、マスクをしている人を不安にするかもしれないからです。
 腐海のマスクは瘴気を遮断するためですが、スーパーのマスクは人と人を遮断するためです。誰が感染するのかさせるのかわからない、だから人と人を遮断する。医療・介護・育児はどうするのだということは勿論ありますが、人と人が接近しない社会というのは、パンの欠乏経済の崩壊とは別に、SFホラーめいた気味悪さがあります。
 腐海には常時マスクをつけて暮らしている人達がいます。人はいつか電子媒体だけを絆として暮らすようになるのでしょうか。
 埒もないことをあれこれ考えるよりも、ウィルスの早期終焉を祈った方が良さそうです。
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コメント頂きました。
 前号「コロナ考」についてはいろいろお便り頂きました。
・上映中の映画をネット配信で見る「仮説の映画館」は如何ですか、という案内を複数頂きました。逼塞状況下の娯楽というだけでなく、環境の悪化で絶滅し易い弱小文化の保護という意味合いもあるようです。今時映画館はそうでなくても存続が難しいのに、全興連*1は全社連*2や全日遊連*3ほどの政治的圧力を持っているとは思えません。
        *1全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)映画館の組合です。
        *2全国社交飲食業生活衛生同業組合連合会(全社連)接待を伴う飲食業の組合です。
        *3全日本遊技事業協同組合連合会(全日遊連)パチンコ屋さんの組合です。 CCCM

 お勧め作品としては「巡礼の約束」「だってしょうがないじゃない」「精神0」「プリズンサークル」などなどだそうです。私は「うたのはじまり」をみたいと思っています。「仮説の映画館」で検索すれば一本2000円ほどで鑑賞できます。
・You Tubeの「健康戦士コロタイジャー」は主題歌がかわいいそうです。
・You Tubeには今年の憲法記念日集会の様子がアップされているそうです。オンライン参加した人から「子ども達が日々学べない状況は憲法違反だということに改めて気付かされました」というコメントを頂きました。
・私は衛星放送でチャップリンをみました。これまでもテレビで見ていますが、「独裁者」の前半は見ていない、「モダン・タイムス」のラストシーンを知らない、という具合でした。今回1925年から1952年の「黄金狂時代」「街の灯」「モダン・タイムス」「独裁者」「殺人狂時代」「ライムライト」を全部ちゃんと見ました。私が暇なのはコロナに関係ないのだからたまたまのことですが、なかなかに良いものを見ました。
・ZOOMなどオンライン授業ついての情報も幾つか頂きました。これについては別に書くつもりです。私もお茶会や研究会など、二つ三つZOOMを経験しました。
・自粛期間中ふと思いついて敷島公園のバラ園に散歩に行きました。閉鎖中でした。行楽地=密集とバラ園が結びつきませんでした。「草がある所を選んで散歩しています。シロツメクサのいい香りがします」というメールを頂きました。
 花にも「パン」と「見世物」の別があって、「見世物」に近いほど変事にあって脆いのだと知りました。考えてみればバラはご近所の庭にいっぱいある、バラ園はいらないのかもしれません。
・ロシアの北の方の巨大な水中洞窟を探検するドキュメンタリーを衛星放送で見ました。水温が低く長い時間いられないからなかなか奥へ進めない。水中スクーターを使えば遠くまで行けるが、スクーターが故障したとき生還できない危険性がある、使用には慎重を要する、そうです。持続的経済成長を前提とする現代は、スクーターの性能に奢って進み過ぎた社会だ、と思いました。
・「今回のコロナ騒ぎ、公園に行くと子供達がたくさん遊んでいる、こんな風景は今迄見たことがない、コロナは嫌だが、この子ども達の様子は気に入りました」というメールを頂きました。当たり前だった風景がいつの間にか忘れられた風景になっていた。我々は同じ風景を見過ぎたのかもしれません。
・子どもの風景と言えば、いつもの散歩道で子ども達に出会いました。7、8人のグループで、皆マスクをして黙って歩いています。子どもが集まれば必ず伝わってくる活気がありません。何事かあったのかと思いましたが、なんでもない、集団下校です。今日から学校が再開しここは通学路、同じようなグループが次々に通り過ぎました。みなお葬式みたいな雰囲気です。子どもだって急には開放的な気分になれないのでしょうか。子どもの風景は元気であればいいのだと思いました。
・日本のフリースクールとアメリカのalternativ education(代替教育)の違いについてのコメントを頂きました。これについては、もう少し詳しく聞きたいと思っています。
・休校中オンラインで話したり、子ども達との接触を保つ話がいろいろ報道されましたが、「休校と開校の日時の通知があっただけでなにもない」というコメントも頂きました。いろいろあるようです。「宿題は来たけれど、させると鉛筆を折ろうとする」というメールも頂きました。
 鉛筆を折ることを止めさせるな、鉛筆を折る理由を考えよ、上毛研が長い年月子ども達から教わってきたことです。
・宿題と言えば「子どもとドリル(26c.No.6)」の続き「算数篇」を書こうと思っています。でもそろそろ猛暑の季節ですから、例年の夏休みの課題「今年の夏を生き延びる」を達成したらのことです。とりあえず末筆ながら暑中お見舞い申し上げます。皆様ご自愛ください。
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【学ばない人】
「フリースクールの日本語は、alternative教育、訳せば、代替教育、学校外教育で、アメリカのフリースクールの概念とはまるで違うのですね」というメールを頂きました。
これについてはもう少し詳しく聞いてみたいと思っています。
教員養成課程の「生涯学習」というテーマの遠隔授業で「我が国の教育行政が県、市町村と降りてくる仕組み」「諸外国の教育の目的」「コロナによる世界の学校事情」を資料として「教育の目的」を話し合い、「学校教育が人生の全てか?」という討論に向う、というメールを頂きました。聴講したくなりました。遠隔授業なら部外者でもいいだろうかと考えています。さんざん学ばないできて、もう学ばなくてもいいと思って喜んでいるのに、それでも人には学びの衝動というものがあるようです。

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