ある映像

【人間の尊厳という名の映像】
 まずはこの映像(←クリックするとYou Tubeにつながります)をご覧ください。
(https://www.youtube.com/watch?v=5WfJcrvVROY)

【YS.Kei♪】 この映像を誰かに紹介したくなりました。
 元バレリーナのアルツハイマーの女性が、「白鳥」を聴いて記憶がよみがえり、踊るシーンです。
 最初、女性にイヤホンを付けて音楽を流し、介護士が何か言いますが、女性は首を振ります。その女性に介護士はそっと手を取り口づけをします。元プリマドンナへの畏敬の口づけにも見えます。
 すると、女性が手を動かしはじめます。その指先、腕の動きはまさにプリマの手です。美しい繊細な動きです。そして顔はすでにバレリーナの表情に変わっています。
 アルツハイマー患者の「記憶」が音楽の力で記憶がよみがえりました。音楽療法ということでは、記憶が音楽によって呼び戻されることはこれまでも実証されています。
 音楽と脳の記憶というところで話題になっていますが、しかし、この動画で、私は何よりもアルツハイマーを患った女性への介護士の態度や、施設の 取り組みに驚きました。
人間の尊厳が最後まで保てる、このオスピテの精神に、雷に打たれた思いでこの映像を見ました。日本の福祉介護施設に、また、特別支援教育にこの精神があるだろうか、と思いました。

【中野】 YS.kei♪さんへ 
 見ました。 私も誰かに伝えたくて、リンクを張りました。 
 音楽やバレエは、音痴の私には手の届かない信号系ですが、それでもこれは衝撃の映像です。骨格を見て形を知るように、ああ、バレエってこういう仕組みだったのかと、真髄を見せられて思う、そういう感じです。
 この人はこの信号系を磨き上げて生きた。その真髄はこの人の根底で失われることはない。人の尊厳は、ある時隠し絵の中から優勢な図として立ち現われ、すべてを背景の中に追いやる(*1)。衝撃の映像の衝撃たる所以は、そういうことだと思います。
                  (*1)障碍児心理学ものがたり-小さな秩序系の記録-Ⅱ,第1章第8節 隠し絵

【 YS.Kei♪】 
「白鳥」の動画が「音楽療法」として紹介されているのを通勤途中のラジオで聞きました。
私は看護学校で音楽の授業をし、音楽療法にも触れます。
音楽はあくまでも補完療法で、解熱剤などのように誰にでも一定の効果がもたらされるものではありません。学生には、音楽の力を過信してはいけないと、しかし、魂の炎を大きくすることもある、と話しています。
音楽の諸要素がもたらす心身への影響については、プラトンの時代から言われています。近年認知症の療法に用いられているのは、音楽はその人の人生の記憶と深く結びついているからです。
音楽による体調とモードの変化については、毎回、学生たちが持ちよった「自身にモード変化が強くあった曲」を流して、聴き手の他の学生たちにも自分と同じようなモード変化が期待できるか否か仮説を立て、鑑賞前後のモード調査をし、レポートにまとめています。
調査によると、多くの学生は紹介した学生同様にプラスのモード変化が見られますが、何も変化しない人も、また、逆にマイナスモードの学生もいて、それが事実です。
音楽は一瞬にしてイメージの世界や記憶の世界に飛んでいけますが、それは音楽に限らず、文学や美術も同様です。
ドイツ政府は、かつて、モーツァルト効果(集中力を増す)に、読書でも同じような結果が出たという声明を出し、過剰なモーツァルトブームに警鐘を鳴らしました。
さて、ラジオで紹介されていた動画を見て、私はベルディの創設した「音楽家憩いの家」を思い起こしました。二十年くらい前にテレビで放映され、今でも深く記憶に残っています。(NHKスペシャル人生を奏でる家~ミラノ老音楽家たちの日々~)
ベルディは、「椿姫」など数々のオペラを作曲したイタリアの作曲家です。当時、音楽家には年金もなく、華やかな音楽家生命も長くは続かず、演奏活動をリタイアした音楽家たちは貧しい老後を送っていました。そこで、ペルディが私財で「音楽家憩いの家」を創設しました。おそらく世界で初の老人ホームです。
現在も運営されており、ベルディの墓もそこにあります。建物はベネチアン様式の歴史ある重厚なもので、日本のような施設感はありません。椅子や家具などの調度品は、べルディの物が使われています。
 プロの音楽家であったという入居条件がありますが、夫婦でも生活できます。(最近は
若い音楽家も入居できるようです。)音楽室もあり、好きなだけピアノを弾いたり、また、ここにレッスンに通う若手のプロもいます。小さなコンサートもここで開かれ、もちろん演奏者は住人です。
ここでは創設当時のベルディの「オスピテ」の精神が貫かれ、今尚生きています。憩いの家は、ホスピタルの語源でもあるオスピテ「もてなし」の場なのです。最期までその人の人生を尊重し、認知症の住人にも、施設の若い職員たちは敬意をもって接します。
 住人にはかつてのバレリーナもいました。バレリーナが舞台で活躍できる年齢はごく限られています。居室には当時の舞台の写真が飾られていました。歳を重ねてもその身体には華やかな舞台の記憶や栄光があり、自分らしく今を生きていました。
 その、以前に観た「音楽家憩の家」の映像と、今回の認知症のバレリーナの映像が重なりました。かつて舞台で踊った「白鳥の湖」の音楽が流れ、施設の職員がかつてのバレリーナの手に敬愛の口づけをします。。
音楽で老婦人の表情がプリマドンナの表情へと変わっていく映像と、その腕と指先の動きの美しさに衝撃を受け、いても立ってもいられずメールをしました。

【中野】2021/3/3
 音楽療法について、長年聞きたいと思っていた話を聞くことができました。
「グリーンスリーブス」についてのYS.Keiさんのメール(*2)も思い出されます。
    (*2)障碍児心理学ものがたりⅡ(前出),第7章第1節 集中治療室の人
「うたのはじまり」についてのメールも頂いていますので、それを掲載し、それから思うところを書けるかどうか考えます。

【YS.Kei♪】
 昨年の秋に、「うたのはじまり」の映画をご紹介いただきました。
 なかなか上映しているところを探せずに、まだ観られませんが、本日、齋藤陽道著『異なり記念日』(医学書院、2018年、231p)を読みました。
 おそらく映画の内容と重なる部分もあるかと思いますが、なかなか寝付かないお子さんを抱きながら、自然と口からこぼれたことばが子守唄となったというくだりがありました。
 内容は、筆者の撮影した美しいモノトーンの青い写真と共に、子育ての中で著者が「異なり」の世界観を展開していくものですが、その感性の鋭さで障害について語っており、学生に是非読ませたいと思いました。
 筆者は「言葉」と「ことば」を分けています。後者は、意味がある「言葉」の他、身振りや表情全てに表出されるふるまいが「ことば」であるとしています。
 筆者の奥さんのまなみさんが、3人のスタッフと児童施設で5歳児の子どもたちに、染料と布を使ったワークショップをした際、あとから重度の自閉症の子どもがまなみさんの担当した子どもの中にいたことを知ります。
 施設の職員でもコミュニケーションがとりにくい子どもが、自ら染料を選んだりと、初対面のまなみさんとコミュニケーションを取っていたことに、施設職員が驚いたそうです。
 まなみさんは言葉は発しないで身振り手振りで子どもたちに染料を選ばせたりと、普通にコミュニケーションを取り、どの子どもが自閉症だか分らなかったそうです。
 改めて、筆者の子守唄から歌の本質を、また、様々なエピソードからことばの持つ意味、相手を察することについて教えられました。
 映画を紹介して頂いたおかげで、この本にたどり着きました。
【中野】
 「うたのはじまり」と『異なり記念日』について 続きの頁

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