ゆうちゃん補注

補注目次
童神 
それぞれの冒険
姉の場合
妹の場合
宇宙の法則
あかちゃんのまなざし
眼球運動
αとβの系譜
人の世の法則
白杖使用法
点字読字法
「ことば」と「言葉」
仕草の系譜 


童神 
 夏川りみ:童神(わらべがみ)

それぞれの冒険 SSB
 「座って這って立って歩く、そう括ればあかちゃんの辿る道はみな同じだと言える。しかし一人ひとりのあかちゃんにとっては、座るも這うも立つも歩くも、自分で切り開らかなければならない冒険の旅だ。だからその道筋は一人ひとり違う。
 馬のあかちゃんは立ち上がり方のマニュアルを宇宙からもらって生まれてくる。人間のあかちゃんがもらったのはマニュアルではない。工夫し切り開く知恵と力だ。
 だから人によって身体能力は様々に進む。中にはとんでもない身体能力を発揮してオリンピックで金メダルをもらう人もいる。
   (育児日記が語る赤ちゃん心理学Ⅱ,pp.154-155, 補注6 それぞれの冒険-身体運動-より抄録)

姉の場合 ANB
 「つかまり立ち、伝い歩きが達者になり、時には一瞬立つようになりました。座っていた時代は長かったけど、ハイハイを始めたら、あとはトントン拍子に進んでいきます。
 生後10ヶ月のある日のこと。片手で机につかまったまま、しゃがんで床にもう片方の手をつき、立ち上がり、またしゃがむ。何度もこれを繰り返します。
 それはヒンズースクワットというもので、それ以外に特に目的があるようには見えません。こんなことが楽しいのでしょうか?と思っていたら、それから数時間後、何もない状態で床にしゃがんでいて、その状態からひょいと立ったのです。
 そうか、立つにはまず、しゃがまなきゃいけないんだ。それ以来娘は、しゃがんで過ごすことが多くなりました。ジベタリアンよりはヤンキーの方が進化した形態であるようです。同Ⅰ, pp.63,そういえばどうやって立つのだろう)より抄録)」

妹の場合 IMB
 「生後8ヶ月、次女は両足を突っ張った高這いの姿勢から、両手を足の方に近づけていき、手を床から離してすっと立ちます。仁王立ちの姿勢はとても雄々しいけど、足が大きく開いているので身動きできません。でも本人はとても楽しいらしく、両手をぶんぶん上下に振って得意げに笑っています。
 長女がしゃがんだ姿勢から立つ話を以前書きましたが(Ⅰ巻p.63そういえばどうやって立つのだろう)、膝を曲げずに立つ方法もあるんですね。片ずりハイハイで進んでは、時々すっと立ち上がる。でもやっぱり歩けないことに気づいて、また両手をつきます。
 歩行器にも入れてみましたが、両足を交互に出すということができないので歩けない。それで「ちっともおもしろくない!」ということらしい。今のところ立つこと自体が最大の娯楽で、ひたすら足腰を鍛えているようです。同Ⅱ, pp39-41., 雄々しく立つ)より抄録
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宇宙の法則   UCH
 この宇宙に生まれてきたあかちゃんは、この宇宙で生きていくために宇宙の法則を学ばなければならない。
 あかちゃんはこれをするとなったら、必ずする。繰り返しする。止めてもする。なぜか。宇宙の法則を学ばなければならないからだ。
 コップを引っくり返せばミルクがこぼれる。これは宇宙の法則だ。あかちゃんは宇宙の法則に到達した。これはこうするとこうなるの、私わかったの、私できるの、というわけでせっせと実行する。宇宙の法則はママの法則より偉い。だからママが止めることはできない。同Ⅱ,p.126., 補注3 宇宙の法則 /引っくり返し)より抄録

あかちゃんのまなざし    AKM
 hand regardの写真はたいてい左図の右側のようなポーズで撮られています。左側のような撮り方は珍しいのですが、この方があかちゃんが自分の手に魅入っている様子がよくわかります。そしてこちらはそのあかちゃんの視線に魅せられます。
 この写真を私は「猫ちゃんブログ」さんにもらって気に入っています。かつてhand regardの良い写真がなかなか手に入らなくて探したものですが、今はネットで検索すれば、夥しい数の写真があることも知りました。

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眼球運動    GNU
障碍児心理学ものがたり-小さな秩序系の記録-Ⅱ pp. 第1章第5節 眼球運動」よ
  (文抄録略)

 

 

 

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αとβの系譜   ABK
同Ⅱ pp. 第1章第5節 ロレンツのバクテリア/ボール探し/」より
  (文抄録略)



人の世の法則   HYH
「育児日記が語る赤ちゃん心理学Ⅱ pp. 補注5 人の世の法則」
   文抄録略

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白杖使用法   HKS
☆ ゆうちゃんの映像を見ていると、私は針穴のAさんの映像を思い出す。
「中途失明者の歩行訓練に白杖の使い方というプログラムがある。適切な距離と幅に白杖を撞いて踏み出す足の足許の安全を確保する。
 もしそういう訓練を経ないで自分で白杖を使って歩こうとすればどうするか。学校に行かないでずっと家庭で暮らしてきた盲聾の人がいて、16ミリの映像記録とともに研究会で報告された。針の目処に糸を通す場面があってみな驚いたから、「針穴のAさん」としておく。
 二人暮らしのお母さんと触的な方法で細やかな会話があるらしい。家庭で裁縫の頼まれ仕事をして暮らしているのだが、先生たちの尽力で盲学校に来ることになった。それで校門から玄関まで自力で歩く場面があって、目処通し以上に驚嘆した。
 両足をぐっと踏ん張って上体を深く倒し握り込んだ白杖をいっぱいに伸ばして前方の地面を叩く。右から左、左から右へと扇形にがんがんがんがん叩きながら一歩一歩前進する。なるほどこうするものか。自分の考えで確保した自分の安全だ。これほど確かなものはない。
 人々によって研究され整えられて伝達される白杖使用法とは別に、その人の個の体験として生まれ出る白杖使用法というものがあるらしい。(障碍児心理学ものがたりⅠ,第4章第1節 針穴のAさん)より抄録」
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点字読字法  TNS
 白杖について、訓練を受けた使用法と個の体験としての使用法の二種が見つかる。白杖に限らない。同様のことはいろいろある。
 「同僚の田中哲二さんは大学生の時の失明だと聞いている。会議の時点字の資料を読みながら報告するのを隣に座って見ていた。人差し指が行の上を滑るように進む。私の黙読より早いかどうかはわからないが、私の音読よりは遙かに早い。ずっと後になって読書好きの盲学校の生徒さんが本を読むのを見た。指の使い方が全然違う。指1本の細かい動きもそうだが、真ん中3本はもちろん小指までが先の文字に触れている。点字には少なくとも2種の読字法があって、どちらが優れているとも言えないものらしい。(同Ⅰ,第4章 同)より抄録
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ことば」と「言葉」  KAK
 聾者の家庭で聾に生まれ手話を母語として育った妻と、聴者の家庭に聾で生まれ口話を教えられて育ち、長じて手話に出会った夫と、その間に聴者として生まれた赤ん坊と、三人の異なる言語使用者の間に生まれるコミュニケーションを語るために、夫、齋藤陽道は「ことば」と「言葉」を分けて記す。
 針穴のAさんについても、同様に考えねばならない。
 「針穴のAさんは学校に行く機会がなく、言葉を学ばなかったが家族と細やかに会話する。その報告書を書いた井上早苗さんから話を聞く機会があった。これからこの人に点字やあるいはその種の言葉をどう教えるか考えねばならない、下手に教えようとすれば外国語を教えるようなことになる、そう言われた。(同Ⅱ,第1章第1節 そしてもう一人)より抄録」
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仕草の系譜  SGK
「たえちゃんが小学部の5年生の時、私は盲学校で放課後算数の補習を手伝ったことがある。勉強が終わってお母さんが迎えに来る。たえちゃんは椅子から立ち上がって、さようなら、と言って頭をこくんと下げた。その時私はたえちゃんの横、机の脇にたっていたのだが、お母さんが片手でたえちゃんの頭を掴まえると、ほら、ちゃんと先生の方を向いて、と言って、私の方にぐるっと回した。たえちゃんはもう一度さよならを言って頭をこくんと頷いた。
 話をするとき相手の方に顔を向けなさいという指導が盲学校にあると聞いている。同僚だった田中先生は必ずこちらにきちんと向き合って話される。それで私は先生が見えないということを忘れて机のうえに黙って書類を置いてくるという失敗をしたことがある。
 …………………………中略………………………… 
ブラウスのまみさんは新しいブラウスを先生に見てもらおうと思って、ブラウスの肩口を摘んでちょっとしなを作ってみせた。針穴のAさんは学校に行ったことのない盲聾の人で、自分の縫い上げたワンピースを肩口に当てて、同じようにしなを作って見せた。こういう動作は見て真似なくても人の空間行動の系譜の中に現れるものらしい。
 こくんと頷いた動作は自然で可愛かった。たえちゃんは見えないのだから、私の方に顔は向けなくても不自然ではない。たえちゃんの気持ちはこっちを向いていて、勿論私に伝わっていた。
 見えないから、できるだけ見える人と同じにする、それがそのまま正しいと言うのなら、それは見えない者を差別するということだと思う。見える者も見えない者もみな同じ系譜の中にあって、それぞれの違いも共通性もある。違って見えるものが同じだと知って共有する。共生とはそういうことだと思う。(同Ⅱ,第2章第2節 仕草の系譜)より抄録」    

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