自成信号「白鳥の湖」

【Local Discussion ー8.28,福井セミナーを巡ってー】

 小川:松木先生は「梅津は本能によってあらかじめ組み込まれている信号のみを自成信号としたが、
① 中継ぎ系が介在しないような対連合学習によって成立した信号も自成信号とする。また、
② 中継ぎ過程を経た高度な変換過程であっても、馴化した変換過程の場合は、自成信号とする。
と資料に書かれ、セミナー*1で話されました。具体的にはどういうことなのか、中野先生はどのようにお考えになりますか。
*1 令和3年度 第1回特別支援教育セミナー,2021.8.28,福井大学文京キャンパス
 中野:お尋ねを受けて、あらためていろいろ考えることができました。それで私は私なりの考えを記しますが、お答え頂けるものならば、松木先生にお尋ねしたいものですね。

【寓考】―「白鳥の湖」は自成信号であるー
口上:
 松木先生の言葉に沿って書けるといいのですが、それには勉強不足です。私の言葉で寓考流に書きます。
 「心理学的行動図」をテキストとする私のゼミは半年間で1単位でした。「新約 心理学的行動図」をちゃんと勉強したら松木先生に何単位もらえるのかな。たった1単位ってことはないでしょう。

道標:
 重複研の全国大会で梅津先生が壇上にいました。「心理学的行動図」が発刊されて間もなくのことだったと思います。子どものごっこ遊びか何かについて、これは高次変換か回帰変換かと問うた人がいて、梅津先生が、それはあんたが考えなさい、と言われたのを覚えています*1。 
 定義し分類することが目的ではない、人の行動の地平へと歩み進む時の道標だ、各自が迷わぬよう考えなさい、と言われたのだと思っています。
 松木先生は自成信号の定義を変えようと言われたのではない、松木先生が子ども達と関わるその姿勢から導き出される道標について言われたのだと思います。
*1障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第4節 行動図の味わい (障碍児心理学ものがたり→ブックス 以下同)

輔生:
 すべての行動を貫く座標軸が定まればすべての行動の類縁関係が特定できる。今この人のこの行動はこの位置にある、そうであれば、今この人に何をなすべきか、適時、適切、適度なかかわりの方向が仮設できる。「心理学的行動図」はその座標軸であり、輔生とは「適時、適切、適度*2なかかわり」である*1
 松木先生は、座標は輔生の道標であるから、ある種の構成信号(冒頭①,②)は自成信号として考えるべきだと言われたのだと思います。
*1障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第4節 心理学的行動図
*2梅津八三 (1974) 重度・重複障害者の教育のあり方,特殊教育4号,東洋館出版社

中継ぎ:
 自成信号に組み入れられるべき構成信号の条件は、中継ぎ行動に関わるものです。
「心理学的行動図」の革生行動体制変換には、高次―同次―回帰の尺度がおかれ、高次、同次を次序変換とし、回帰がこれと区切られていて、松木先生の「馴化した変換過程」と重ね合わさるものと思います。
 輔生の指標として考えれば、回帰行動は、生得的行動と同様に、当該個体に確定した行動体制であり、これは保全しなければならない。輔生に立つのであれば、まず現勢を保障せよ、それが松木先生の言わんとするところだと思います。

消去:
 ネズミとかネコとかそういうものが、食べ物の臭いのする方の扉を開けた(生得的行動)。そのネズミだかネコだかが、実験者の目論見によって、△ではなく〇の扉を開けるようになった(習得的行動)。
 今この行動を消去するために、臭いのしない方の扉を開ける、△の扉を開ける、という学習訓練をしたとする。
 生得的行動については、学習する前に飢え死にするかもしれない。習得的行動については、飢え死にはしないにしても、逆転学習は原学習よりずっと難渋する。
 確定した行動の消去は生命活動を損耗させる。このネズミだかネコだかを良く生かすという輔生に立つのなら、消去を試みてはならない。

安定と拡大:
 半世紀の間、こどものへやで使われてきた教材「箱開け見本合わせ*1」です。
 〇△の弁別という点では、上述ネズミだかネコだかの学習と同じだが、この場合は〇も△も「箱開け行動」の信号となり得るから、「その都度の信号」を必要とする。中継ぎ行動は毎回介在し、〇△は構成信号であり、自成信号化することはない。
 前述のネズミだかネコだかについて、信号〇と扉開け行動の関係は固定されていて、実験者が逆転学習を試みない限り、ネズミだかネコだかの生命活動は安定して展開する。
「箱開け見本合わせ」はその都度の信号変換過程を必要とする。しかしそうであるから、信号と行動の双方について置き換、逆転、増加など状況が変化しても、それに対応する変換は起きやすく*1、生命活動の拡大の道筋が開ける。
 閉じていれば安定する。開けば拡大する。生命活動は常時、安定と拡大を調整しなければならない。
「心理学的行動図」には、行動の調整度について、微細―粗大と直交する自律度―開放度の軸がおかれているが*2、安定―拡大はこれに重ね合わせることができると思う。
*1トップ→目次→教材半世紀の記→はめ板の系譜
*2障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第4節 開放と自律

閉じて護る:
 中継ぎ行動の介在する次序変換過程がいつでも必ず拡大に向うとは限らない。閉じて確定域を護る。そういうこともある。
ゆかりさん*1は形態質信号系の世界にとどまり、分子合成的信号系の世界に踏み出さなかった。ご両親や木村先生達はゆかりさんの確定域を護り、ゆかりさんとたくさんの会話を交わした。

         (ゆかりさんと木村先生達の形態質信号系の世界*2) 
*1障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第3節 そしてもう一人
*2ビデオ映像:木村允彦編集,アカシアこどものへや制作,ゆかりさんとの係わり をふり返る,1991よりPrt.Scr.)

閉じれば開く:
 護るために閉じるだけではない、開くために閉じることもある。
 階段を発明したヒト*1、10進法を発明しなければならなかった。階段はどこまでも続く。数詞は10までに止め1の位を閉じる。閉じることで10の位が開き、再びどこまでも続く10進法の世界が開け、ヒトは無限に続く階段を数えることができる。
 計数から位取りへ、n進法は高次の中継ぎに高次の中継ぎを重ねる。子ども達にとって繰り上がり繰り下がりは一大事業だ*2
 言葉についても同じだ。喃語を閉じて音素に開き、音素を閉じて意味素に開き、意味素を閉じて文に開く*3。同じく、書記素を閉じて意味素に開く。
 しげことただおは6つの点の位置[上中下・左右]を学び、点字の何たるかを知らないまま、64個の閉じた記号の群を確定した*4
 お茶会のたかちゃん*5は○△から出発してひらがなに到達した。「の」と「し」はわかる。「の」と「め」はどうか。形の系譜*6を順に辿っていたら、たかちゃんが癇癪を起こした。きりがない、どこで閉じるか先に言え、ということらしい。私は50音表の意味を学んだ。おかげで自動車のこうちゃんが1桁の足し算でパニック気味だった時、足し算の九九表を作る知恵が巡った。
人は閉じるところを目指して進み、拡大と安定を調整する、そういうことらしい。
*1障碍児心理学ものがたりⅡ,第4章第2節 階段の発明
*2障碍児心理学ものがたりⅡ,第4章第2節 21より大きい19
*3障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第6節 音素の獲得 意味素の獲得 文の獲得 
*4障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第3節 点字
*5障碍児心理学ものがたりⅡ,第4章第3節 50音表
*6トップ→目次→教材半世紀の記→はめ板の系譜

閉じた中継ぎ:
 中継ぎ行動の介在する高次(同次)の行動体制を閉じて固定し、これにまた高次の変換過程を重ね、ヒトの行動は層をなして高次化する*1
 プロのタイピストは単語[the]を[t-h-e]と3ストロークで打たない。1ストロークで[-the-]と打つのだという*2。幾つもの同種の学習高原*2を超えてきたであろうプロの技能であるが、そこで閉じられた信号変換過程が何であるかを特定することは難しい。
 しかし特定できなくとも、この「馴化した変換過程」は、紛れもなくプロがプロであることの護りであり、消し難い行動体制である。
 人は閉じ、人は開く。何を閉じたか見えなくとも、開いたものは見える。この人はこの状況下でこのように振る舞いこの人の生を生きる。それだけ抑えれば、輔生の筋道は立つ。
 構成信号の自成信号化は、この人に起きたこの人の行動体制だ。この人のこの行動について、構成信号かそれとも既に自成信号化したかを問えば、松木先生もまた梅津八三のように、それは自分で考えよ、と言うのではないか。この人の輔生に立つ者が輔生の道標を考えよという意味だと思う。
 この人の現勢はこの人のもので、この人の生命活動を護る。この人の輔生を図るのなら、この人と同じ足場に立つ。「自成信号に組み入れられた構成信号」とは、その意であると思います。
*1障碍児心理学ものがたりⅡ,第2章第3節 世界征服
*2障碍児心理学ものがたりⅡ,第1章第6節 タイピストの不自由

再び、鉛筆の先を見つめて:
 小川先生は嘗てある子どもの書字行動について自問された*1
 長い経過を辿って獲得された行動だ。消去抵抗は必ずや強い。矯正は蛮行だ。試みることはできない。人は現勢を保守し、安定を確保する。人は安定した土台から踏み出し、拡大に向う。そこに輔生の足場がある。そういうことだったと思います。
*1トップ→目次→事例談話室→鉛筆の先を見つめて【No.2】

自成信号「白鳥の湖」:
 なかなかにインパクトある映像*1です。まずは映像をご覧ください。
 人生の終末にあってすべての過去を失ったかに見えるこの人が白鳥を舞う。構成信号「白鳥の湖」を受信して白鳥を舞う。
 この人にとって「白鳥の湖」は消してはならない、消すことのできない、消えることのない信号、松木先生の指し示す指標に従って、自成信号だ。
*1 トップ→目次→話の拾い籠→ある映像
 附:集中治療室で眠り続ける人に音楽が届く*1、この映像をこのホームページに中継ぎされた「YS.Kei♪」さんに昔そういうレポートを頂いたことがあります。
 *1障碍児心理学ものがたりⅡ,第2章第1節 集中治療室の人

終わりの口上:
 私の思うところが松木先生のお考えに合うものかどうかはわかりません。しかしいずれにせよ、私にとって「心理学的行動図」は、そして「新約 心理学的行動図」もまた、そのように示された輔生の道標です。
 松木先生に「なぜ構成信号①②は自成信号か」と問うのは、「子ども達へ関わる姿勢は如何にあるべきか」と問うことだと思います。セミナーをどれほど重ねても尽きない答えだと思いますが、でも問うてみて、少しでもお答え頂きたいものですね。

このページのトップに戻る