福孫楽翁記

【そして今】
 初めての孫の『遅れ』を知り、この一年半あまり、不思議な気持ちで過ごしました。時々会える孫ですが、楽しい関わりができています。もしかしたら健常のこどもに増して楽しいかも知れません。トイレ、お漏らしも気にせず必死に生きているようです。お漏らしはご愛敬、まあいいかと思います。
思い返してこの3年ほど色々なことがありました。息子たち夫婦はそれに数倍してあったと思います。そして今があります。恐らくこれからもあるでしょうか。だから「楽しい」のでしょうか。
【こどものへやの教材】
 こどものへや教材処分の際に孫に使ってみようと思って、教材を頂きました。→「教材とこどものへや」
 4月11日、久ぶりで夕方、4歳になる孫が一番上の息子と来ました。私は留守にしていましたので、いつも使うおもちゃを畳の上に並べておき、外出、一緒にこどもの部屋で頂いたものも置いておきました。孫は私が帰る一時間程前に来たようです。末の息子が応対しました。何時ものプラレールで遊んだようでした。私の顔を見ると、「新幹線」「タブレット」といって、タブレット上の新幹線をみせました。タブレットをみせながら、こどものへやでのおもちゃ(写真)をやってみようと思いました。タブレットに全くはまる前にと思い、思いつきで立法体「四角」、円筒形「まる」渡しましたが、18コある「形」の穴に入れることはできませんでした。失敗させるといけないのでうまく誘い。その内に「月」の形の穴を見つけ「つき」、あ、これがいいのかと思い、月の形と半円の形を取りだして、先ず月、次に半円、これは直ぐに自分でできました。四角や丸よりも月の形の方がはっきりしていでいいのかも知れません。ちなみに△のいくつかの形もとても苦労したようでした。
【福孫楽翁さんへ】中野尚彦 
 お祖父ちゃんに「新幹線」を見せに来た、お祖父ちゃんとお話したかった、こどものへやにずっとあったおもちゃで、お祖父ちゃんとたくさんお話できた、そう思いながら読みました。「タブレット」か「型填め教材」かではない、お祖父ちゃんと孫を繋ぐものだ 、と思いました。  
 「三日月」が一番わかりやすかったというのは、なかなかの含蓄だと思います。いろいろなを入 れ分けるのはとても難しいことだと思います。市販の教材はそれをいっぺんに与えてしまうところが欠点ですが、お孫さんは大丈夫、越えて行きますね。
【福孫楽翁】2021/06/12
コメントありがとうございます。
「三日月はわかりやすい」「いろいろな△を入れ分けるのは難しい」、繰替えして読ませていただきました。
【中野尚彦】


 ア、イ、ウ各群内のそれぞれを区別する場合、(ア)が一番難しく、(ウ)は(イ)よりずっと難しいということは誰にもわかることであり、人はその理由を記述することもできます。
 そしてはどの群に含まれていても、他から容易に区別することができます。
 パズルボックスはイ、ウ群入り混じって出されるから、小さい子には難しいが、はわかる。孫春くんはわかるところを自分でみつけたのだからこの先も順次みつけていけると思います。
 しかし、孫春くんが をみつけたのはお祖父ちゃんと形についてお話ししたからです。だからこれからもお祖父ちゃんとお話しながら進めば、形発見の旅はもっとずっと楽しいものになるのだと思います。

【楽翁楽媼】
 近所の私の年齢前後のじいちゃん、ばあちゃんのところにも孫春と同じくらいの子供達が遊びに来ます。必ず声を掛け、出来れば一度で名前を覚えよと努めます。次に会ったときには、必ず名前で呼べるようにするためなのです。このこと一つで仲良くなれます。二歳から四歳くらいの子どもだと何時まででもおしゃべりなどやりとりできるのが不思議です。もう少し大きくなるとそれが難しくなるのは何故かとも思いますが。
 我が孫と、おしゃべりをするには工夫が必要です。どうしたらやりとりが続くか、出てくる言葉は限られているのです。運良く波長が合うと楽しくなります。先日こんなやりとりがありました。新幹線の発車の音、唇を震わせていつもは私が、「プルルルルウ」、孫春(と呼びましょうか)が「しゅっぱーつ」、何時もこれの繰返し、福孫楽翁「孫春くん、じゃ反対にしよう。じいちゃんが「しゅっぱーつ」というから孫春君は「プルルルルウ」といってね」というと孫春君「プルルルルウ」、じいちゃん「しゅぱーつ」が出来ました。なにしろ唇を意志的に震わせて「プルルウ」が出来たのは初めてでしたから。
 子供達の子育てを見ていてハラハラします。孫春君にも色々なブームがありましたが、じいちゃん的にはいずれ「あきる」のでそれまで思い切りさせればいいと思いますが、どうしても時間や社会的見地から中止、あるいは禁止になってしまいます。福孫楽翁と相棒のばあさんは隠れて納得するまでさせるよう心掛けてきました。福孫楽翁と相棒のばあさんの子育ても同じ様だったのかも知れませんが。
                                                   
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